東京ウェッサイ 酒井氏 インタビュー

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ラジオ番組「東京ウェッサイ」の運営を中心に、街をハッピーにしていくことを目的としたプロジェクト、東京ウェッサイ。東京の西側で様々なメディア活動を行いながら、地域の他の活動主体と協力しながら新しいプロジェクトの立ち上げをサポートする事で、’’街の活性化を促す触媒’’となることを目指している。今回は、そんな東京ウェッサイの立ち上げメンバーでもあるパーソナリティの酒井氏にお話を伺いました。

齋藤  本日はありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します。

酒井  よろしくお願い致します。

齋藤  早速ですが、東京ウェッサイは『地域活動を行っている人たちを紹介し繋げる』ことを1つの主軸に置かれていますが、そのご活動を始めるきっかけとなった課題とその着眼点を聞かせて下さい。

酒井  我々が「地域活動」に対して当時感じていた課題は2つあります。どれだけいいことをやっていてもなかなか知られる機会が少ないということ。そして、知ってもらえないのでなかなか活動が広がらないということ。そういった状況を踏まえ、地域のためにいい活動をしている人たちがより効率的にアクションを起こせる場所やチャンスを生み出せないかと考え、2009年10月に籾山、古澤との3人で東京ウェッサイを始めました。

齋藤  ラジオというメディアを選択された理由は何ですか?

酒井  そもそも我々は、ラジオ番組自体を運営することが目的ではありません。メディア運営を通じて、地域の中にリアルなつながりを作ることが必要だと思いました。実は、ラジオの生放送が終わった後に懇親会としてCloud Cafeで飲み会を開いているんです。そうすると、ゲストだけではなく、フラっと遊びに来た人が 『この前面白い人を見つけたから紹介してやるよ』 と言って下さることがあったり。そこでまた新しい人との繋がりが生まれる。そういったコミュニケーションが無理なく発生していく面白さがありますね。籾山その週のゲストじゃない方が 『今夜もやられているんですね』 と友達を連れて来て下さることもあります。もちろん週によって集まる人数はまちまちですが、そういったこともあるので、今後も継続して会を開く予定です。ラジオ出演だけでは終わらない、アフターの繋がりですね。そのCloud Cafeが出来てからは、ラジオの外でのリアルなつながりがより生まれやすくなったなと思います。

齋藤  ざっくばらんに多様な方々と話せる場が1週間に1度、必ず開かれているというのはいいですね。

酒井  毎週飲むのは正直きついんですけどね(笑)。おそらく、ラジオだけでは東京ウェッサイは継続出来なかっただろうなとさえ思いますね。

齋藤  番組開始当初から懇親会は行っていたのですか?

酒井  はい。初期は公開生放送だったことに加えて、当時の放送日は金曜日だったんです。番組開始当時はCloud Cafeはまだオープンしていなかったこともあり、毎回飲み会の会場の難民となってしまい(笑)。30分待ちはざらでしたね。

齋藤  ラジオ放送にしろ、懇親会にしろ、毎週必ず行うということは本当に大変だと思います苦労では無かったですか?

酒井  正直最初は、放送を3ヵ月続けさせてもらえるのかな?という感じでした。僕たちはもちろんラジオ番組なんて作ったことはありません。素人が集まって番組を始めちゃったというところがあるので、開始当初は放送でも噛み噛みでした。ご出演頂いているゲストも心配になっちゃうんですよね。聞いているFM立川の人も、大丈夫かコイツらって感じだったかも知れません。1年ぐらいして、ようやく少しずつ内容も含めていい番組になってきたね、と言ってもらえるまでにはなりましたが。

齋藤  そもそも酒井さん自身はなぜ街や地域に興味を持ったのでしょうか?

酒井  3人の専門分野はそれぞれ異なりますが、全員建築を学んできたというバックボーンがあります。当然、皆が建築家になるわけではありません。社会人になったあとも、なんらかの形で街に対してアクションをしたいという気持ちがそれぞれ中にはありましたね。

齋藤  なるほど。建築を学ぶとやはり自然に街や地域に対する興味が湧くんですね。

酒井  ただ、私自身は学生時代からハード一辺倒の建築教育にはとても違和感がありました。当時は今と多少状況は異なり、ハードとソフトの両面から街にアプローチされている方はあまりいなかったように思います。最近では、コミュニティデザイナーの山崎亮さんが登場されるなど、作らないデザインという考え方が当たり前になってきていますが、僕の学生時代にはお手本となるような人はいませんでした。どうしても、 『作れ作れ作れ、箱を作れ!』といった考え方が主流で。そこに対して僕は凄く懐疑的でしたね。ですが当時は何をすべきか全く分かりませんでした。実はそんな想いが強かったのか、学生時代に高円寺駅にカフェをオープンしました。 

齋藤  もしかしてcafe apartmentですか?実は僕、酒井さんをどこかで見覚えがあるなあと思っていたんです。

酒井  そうですね、cafe apartmentという名前のカフェです。

齋藤  僕は学生時代に高円寺に住んでいたのですが、その時に利用したことがあります。cafe apartmentのオーナーさんだったんですね(笑)。

酒井  そうなんです。現在もお店は続いていますが、私自身は2011年に経営から離れてしまいました(笑)。学生時代に、ハードだけではない建築の可能性に対して興味があったのでカフェを作りました。そこから、確かに何かが始まったという感覚はありますね。そこで起こったことが今へもきちんと繋がっている印象です。


▲酒井氏が作ったcafe apartment。丁寧な暮らしを追求するみんなのリビングルームのようなカフェ。

齋藤  東京ウェッサイの活動はどのように行われているのでしょうか?

酒井  現在は約20名のボードメンバーを中心に運営を行っています。ただ運営体制はかなりゆるく、原則それぞれが出来る範囲で、出来ることをやるという考えを大切にしています。基本やりとりもFacebook上のやりとりのみでゲストの日程調整などを行っています。東京ウェッサイの番組にゲストとしてご出演頂いたことをきっかけに東京ウェッサイのボードメンバーになっていただいた方もかなりいます。ガッチリ組織として団体を固めてしまうとそういうことも難しいかなと思うので。そういった空気感は大切にしたいと思っていますね。

齋藤  ゆるやかなコミュニティーを意識されていることはよくわかります。それは地域活動を行う上で、実はけっこう大事なポイントなのかもしれないですね。

酒井  東京ウェッサイの活動に関わってくださっている方々は、自分たちで何かしらをやっているという強い意志を持った人が多いので、ウェッサイが誰かの特定のプロジェクトになってしまうと、参加メンバーはその誰かのイデオロギーへ意識をすり合わせなければならなくなる。そうなると、結局上手く合意が取れなくなっていくんですよね。例えば単発の企画で、地域の方とで一緒にやりましょうとなった時に、結局誰が主体になるのかなるのかをといったことを気にする必要があります。本来は一緒に活動を行うことでお互いを高めあえるはずなのに、変な縄張り争いに労力が払われてしまうのはもったいないので、あくまでも主体は彼らで僕らはメディア、という立場を明確にしています。原則各々のやりたいことは各々のフィールドでやってくださいという意識ですね。東京ウェッサイを通じて知り合った誰かと新しい何かをやってくれるのであればそれはそれで構わないと思います。そこを、無理やり東京ウェッサイが噛もうとすると収拾がつかなくなってしまうので、その点は最初から慎重に考えていました。東京ウェッサイはあくまでメディアであるということは、これまでもこれからも変わることなく、続いていくと思います。

酒井  また、地域で地道に活動しているしている方々が必ずしも、ネットリテラシーが高いとは限りません。これだけFacebookなどを通じて人とのつながりを持てる時代になりましたが、それでもなかなか地域の方は掘り起こせないんですよね。地域の中で実直に福祉や勤労支援をやられているNPOの方などは、同年代でも実は大勢いらっしゃるのですが、なかなか知り合うきっかけがないんです。我々もラジオをはじめとした活動をしてなければ気付いていなかったでしょうね。また、ラジオを選んだ別の理由としては、実はラジオだと声をかけやすいということもあります。最近だと技術の発達に伴ってUST中継など誰でも手軽に出来るようになりましたが、手軽になった分、逆に声をかける側としては多少気を使います。コミュニティ番組だったとしてもラジオだと、趣旨などを細かく伝えなくてもあっさりいいよって言ってもらえるようなところは確かにあるんですよね。ちょっと遊びがてらいらっしゃいませんか、と簡単にお声掛けすることが出来る。なので、普段呼んだり会ったり出来ないような方へもダメもとで声かけをするといったことも出来ちゃいます。これはいいツールになるなと思いました。

齋藤  ボードメンバー以外に活動に関わっている方はいらっしゃいますか?

酒井  周辺エリアの大学に通う学生さんが活動をお手伝いしてくれています。ここ数年、地域に関わりたいという学生さんはすごく増えたな、という印象はあります。東京の大学生を見ていても、サークルで地域活動や社会貢献活動をやっている子はとても多いと思います。僕らの世代がベンチャー起業をするような感覚で、地域活動を行う学生が相当増えてきているなという強い実感もあります。

齋藤  僕もFAAVO宮崎の活動を通じて同様の実感を得ます。学生さんが本当によく頑張ってくださっていて。

酒井  昔、学生で地域や街のことについて語る人は建築系しかいなかったのですが、最近はそうでもなくなってきましたね。

齋藤  宮崎の大学に建築学科は無いのですが、街づくりをしたいという学生が宮崎にも増えてきています。

酒井  もしかしたら、それは世代などと関係ないところに関連性があるのかも知れませんね。活躍できる場を、僕らも若いころは当然探していたと思いますし、今の若い子たちも当然自分たちが活躍できる場所を探しています。その場や活動の内容が自分寄りか、社会寄りかというだけの違いだと思います。またそれに対して自分の必要なスキルを身につけたいという想い自体は、今も昔も変わらないのではないでしょうか。そういう意味では、作るということだけに限界を感じている学生が求める活動の場は、ハードだけでなくソフトへも比重の置かれた地域の活動になっていくのかなと思いますね。

齋藤  社会や地域、社会起業など、そういった方面へ進まれる方は近年確かに増えているなとは感じますね。

酒井  そこへ向かうことは本当に自然な流れなのだと思います。

齋藤  なるほど。では最後に、東京ウェッサイをどのように継続されていきたいかを教えて下さい!

酒井  そうですね。結果的には東京の西側に限定されない、他の地域でそういった地域活動をされている方や、ちょっと面白いコミュニティ活動をされている方との繋がりを今後もコンスタントに生み続けていく。それ以上もそれ以下も求めず、ゆるく継続してゆければと思います。

齋藤  これからの東京ウェッサイの運営を楽しみに致します。それでは取材は以上になります!ありがとうございました!

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取材:齋藤  文・写真:松岡

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