宮崎と想う

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地元応援クラウドファンディングFAAVO。
その発起人、齋藤隆太に地元宮崎への想いを聞いた。

そうして見えてきた辛辣な返答と隠された1つのメッセージ。
そこには、齋藤のどのような声が込められているのだろうか。

宮崎が嫌いだったからです。
当時の、自分の好きなものが周りですぐ手に入らない状況や、18年間同じ土地で暮らして来たという飽きがあり、選択肢は都会にしか向いていませんでした。
その中で進学先を東京に決めました。早く宮崎を出たい一心でした。

その後も、東京での毎日がとても刺激的だったこともあり、宮崎に戻って働くことは考えもしませんでした。
その当時の僕にとって宮崎は『休息をとるためだけの場所』としか思っていなかったからです。

宮崎は全てにおいて東京よりも劣っているという壮大な偏見を持っておりました。「地方」と「都市」なんてものの見方も持ち合わせていませんでした。日本は、東京だ。と心の底から思っていました。

17歳の頃、初めて東京へ行きました。高校の修学旅行です(これを言うと、結構ハズカしい…)。
東京と宮崎は、交通手段から人の多さと、何から何まで違いすぎたので、逆に印象に残らず、何も覚えていないくらいです。宮崎空港に帰り着いたときには、どこかしら「助かった。。」的な感じがあったような気がします。田舎の丸坊主高校生に東京は心理的な負担が大きすぎたのかもしれません。

先に述べた通り仕事を始めてからというより上京してから、よくも悪くも県外に出た宮崎人にとっては宮崎が『休息をとるためだけの場所』として機能してしまっているように感じます。
つまり、仕事を宮崎でしようとする感覚がそもそも県外に出てしまった人にはとても薄いし、それを受け入れる土壌も宮崎はまだ小さいのではないのかなと思います。
ですが近年、宮崎発ベンチャー企業なども話題になっており、上記の感覚が変わるのではないかなと、個人的にはとても期待しています。

あくまで僕個人のハナシという前提で、当時の心境を鑑みてですが、惰性で生きていたと思います。職業は分かりません。なりたいものもなかったので。ただ不満や鬱憤をためつつ、もの凄く愚痴が多い人間になっていたと思います。おそらく、あのタイミングで都会に出るという決断を出来なかった自分への後悔から。

人口や都市など当然の話題を置いておくと、まずは圧倒的に人間性の違いがあります。よく言われる県民性というやつです。東京で当たり前のやり取りが、宮崎では当たり前では無い気がします。ここから生まれる課題点として、心理的に仕事をしづらくしているという部分はあるかもしれません。東京の人は○○だから、地方の人は○○だから、というような心理的な固定概念がまだまだ存在している気がします。。
ブロードバンドの普及で居住地に関係なく仕事が出来る時代となっていますが、インフラ普及以前の心理的なハードルが、僕の中の宮崎を『休息をとるためだけの場所』以上のものにはしてくれませんでした。
ですが、FAAVO宮崎を始めたことにより、今宮崎でとてもパワフルに活動されている方、面白いことを仕掛けていこうとしている方の存在を多く知り、意識が変わりつつあります。そして、この自分の変化を共有するため、FAAVOを運営しています。

そのような環境に居ることにより、どうしてそうなるのかを考えることが出来るようになると思います。
もちろん、既存で宮崎に存在する自然資源や食資源を生かす学びという利点もありますが、それだけではなく、何故都市と地域に差が出るのかを考えることができる。地域に住む当事者であるという強力なアドバンテージがそれを可能にさせます。
つまるところ、地方から日本は変わると僕は思うのです。

やはり人ではないでしょうか。人間性が面白い。おおらかで明るく、とても優しい。少し引っ込み思案で慎重過ぎるほど慎重な部分はありますが、一度火がつくと甚大な力を発揮します。この人間性こそが、宮崎の「元気」の根源にあるものだと思います。

ただ、「てげてげ」(適当という意味)という言葉をまるで宮崎の命だと言わんばかりにみんなが体現しているところは諸刃の剣です(笑)。僕は好きですけど。

東京に出て働いている宮崎人のつながりは強いです。常に故郷・宮崎を思い出しながら飲んだり、集まったりしています。どのタイミングで帰ろうか、まだ帰らなくとも宮崎のために何かできないか、そのような話をよく聞きますね。実際そういう会に僕も歳を経るにつれ参加することが多くなりました。
またそれ以外にも、時代の流れか、あるいは東北の震災の影響もあるのか、大企業や新進気鋭のベンチャー企業で働くというよりも、自分らしい生き方を考える若者が多くなって来ていると考えています。その中で地域や地方に目を向けている若者が多いのが印象的です。

生活と仕事をはっきりとは分けていないつもりです。オフィスにいる時間帯は決まっていますが、オフィスを出た後でも仕事関係の連絡があれば対応する時もあります。仕事として会食へも出席しますが、FAAVO関係のことで『仕事だからやらなきゃ』というような負担を感じることはほとんどありません。
このようなことが言えるのも、本当に心から自分のやりたいことに着手できているからだと思います。まだFAAVOははじまったばかりですが、こんなにも恵まれた環境で僕へ僕のやりたい仕事をさせてくれている、弊社の全メンバーには大変感謝しています。


▲FAAVO事業部が所属する株式会社サーチフィールドの納会。屋形船の上にて。

FAAVO宮崎では宮崎を盛り上げようと活動している方々と一緒にプロジェクトを立てているため、彼らは皆、問題意識、当事者意識がすごく強いです。
また現状に満足せずに、よりよいものを目指していく向上心が非常に高い印象です。
総じて、本気で宮崎を盛り上げ、変えようとしているか否か、その本気度の違いはあるかと思います。

FAAVOが頑張るのではなく、一緒に手を取り合って頑張る。
全国に先駆けて宮崎県が様々な面で、最も面白い県になる。
これからの時代、本気でそうなれるのではないかと皆さんにお会いして感じています。
是非一緒に宮崎県を盛り上げましょう!

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