わけもん大学 考察

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▲Wikipedia Globeの記事より引用

有史以来、地球上へは非常に多くの線が引かれては消され、消されては書き加えられてきた。
1つの線が引かれる度にどれだけの人々が嘆き悲しみ、1つの線が打ち破られる度に叫び苦しんだか、会議室にてペンを片手に意気揚々と地図上へ線を描き連ねた彼らへそれを予知する想像力は欠けていたのだろう。愚かしい戦争と国境の現実である。

■悲劇のまえのクリスマス

だが、そのような戦争の歴史の最中、胸透くようなエピソードも確かに残されている。

マイケル・モーパーゴ著『世界で一番の贈り物』でも有名なかのクリスマス休戦である。
公式記録へは残っていないが、当時の兵士達によると、第1次世界大戦中の1914年12月24日、ドイツ軍とイギリス軍がクリスマスを祝うために一時停戦し、共にサッカーを楽しみ、更にはプレゼント交換をもしたという。戦場の最前線で自然発生的に生まれた非公式な休戦だったのだろう。
確かに、クリスマスの日に休戦し敵国の兵士とサッカーを楽しんだなどと上官へ報告する兵士もそうそういない。現場へ押し込められている人間の方がよっぽど豊かで知見に富んでいることはよくある話だ。年号を見るとこの休戦の後に第1次世界大戦が激しくなることが容易に伺える。だが、だからこそ、この出来事は地上の不条理な線に足絡めとられた人々の希望として、クリスマス・ツリーへ飾り付けられた星々の如く、永劫輝き続けるのだろう。

▲Wikipedia Christmas treeの記事より引用

■うつりゆく清武の町

さて、表題にも据えられている『わけもん大学』が2012年9月28日までの間、FAAVO宮崎にて支援を募集している企画。実はその舞台となる『清武町』は静かな変貌を遂げている。その町は様々な事由により2010年3月23日に宮崎市へ編入合併された。僅か残されていた『清武町観光協会』及びわけもん大学の母体でもある『清武町観光協会学生部』もまた、今年度いっぱいで『宮崎市観光協会』へ統合されるという。

そして今、文教の町として活気に溢れた場を、まさに文教の申し子である大学生たちが元気づけたいという。町から恩恵を受け続けてきた大学生たちが『わけもん大学』として立ち上がり、『清武町』という場そのものへ恩返しをしようとしている、ということがこの企画の本筋である。

『「文教の町」という清武町の特性を活かすためにも、組織がなくなった後も学生と清武町のつながりをつくりたい。そのためにわけもん大学の最初の目標として、「文教の町」清武町から発信して宮崎の学生を集結させ、大学の垣根を超え、地域の中で学生が地域活性化について考え、行動する大学合同文化祭を企画・運営していきたいと考えています。』とは、わけもん大学代表の深田の言葉である。

ここで述べられている、大学合同文化祭の名称が『わけもん大学フェスティバル』。そして『わけもん大学×清武ツリー』が、今回FAAVO宮崎にてその実施金を募っている『わけもん大学フェスティバル』の1展示企画だ。

企画の概要を簡単に述べると、私たちがイベント当日参加者、あるいは企画支援者として宮崎への想いを込めた何がしかの写真を撮影しわけもん大学へ送付すると、それを団体へ所属している大学生たちが代理で印刷し、『わけもん大学フェスティバル』にて展示されているクリスマス・ツリーへ設置してくれるというものだ。

線が線へと食いつぶされるのではなく、線そのものが砂塵のように風と共に消えて行ってしまった土地へ残された人々。彼らはそれが完全に見えなくなった後、では果たして自分たちの所在をどのように確かめればよいのだろうか。

振り返る彼らの瞳へは、今に生きるわけもん大学の面々がどのように映っているのだろう。そして新たなステージへと突入した『清武町』にて奔走するわけもん達は、どのような答えを見つけ出し時を刻み始めているのか。

古来より存在する、食われることも砂塵のように消えることもなき夢のような円線ウロボロス。
蛇が自らの尾を食べている様相から『死と再生』の象徴とされている。

他にもウロボロスから、不老不死、破壊と創造、永続性、循環性などといったメッセージを見出す文化も存在する。

ウロボロスの線と先述してきたその効力はいささか異なるようだ。破壊や死などのイメージと共に、創造・再生・循環、などといったイメージがこの『線』へは込められているのである。


▲Wikipedia Ouroborosの記事より引用

どうやら線には分断、混入させる力だけではなく、何がしかを繋ぎ合わせ治癒もしくは再構築する効能もあるらしい。ともすると、わけもん大学はそのような『線』となり、過去の清武町と現在の宮崎市を、もしくは齢や意志、思想の異なる人々を結び繋ぎ合わせる線として――線の消えた町における全く新たな線として――再生的創造を成しつつあるのではないだろうか。

過去、世界中で人々を翻弄してきた、狂瀾渦巻く会議室から放たれた不条理な多くの線たち。

けれども2012年の冬、今はなき清武と呼ばれた町にて紡がれる曲がりなきその線は、人々の想いを繋ぎ、あわさった想いが記された多くの写真はまさに夜空の星々の如くクリスマス・ツリーへと飾られる。そこへは人々の今はなき町に対する零れでた愛情と、新たな出会いが生まれ行く土地への期待感で、満ち満ちているのだろう。

まるで、98年前にドイツ軍とイギリス軍が『クリスマス』という一筋の輝く線により結び付けられ、ささやかな休戦の喜びと一瞬の活気を共に分かち合ったように。そして、いまここ、このひと時は最早何物にも妨げられることなく、永遠に続くのだということ。

有史以来、地球上における線は人類の英知によって長い年月をかけ淘汰されてきた。

意志を持った『線』は永劫の糸として芽生え、分断された過去を緩やかに繋ぎ合わせる。
そして、希望を信じる『線』は光の一線となり、人々の意志を育み導く。

わけもん大学が背負い成る『線』の尊さをより多くの人が知り、
それを愛しむことの出来る意志の誕生をも、心から願うばかりである。

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