カムヤマト考察

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▲絵馬ゲート

現在、FAAVO宮崎にてプロジェクトの支援募集を行っているカムヤマト
彼らの記事をじっくり読まれた方はいらっしゃるだろうか。

けっこうとんでもないことを言い切っている。

まず、古事記


▲Wikipedea 神武天皇の記事より引用

古事記は現代日本に残る最古の歴史書であり、また日本のルーツ、アイデンティティを支える書物でもある。神話特有の不条理と不合理がひしめきあうこの文献を「宮崎復興のカギ」として位置づけ、「フェス」を開催しようとしているカムヤマト。

私は彼らの記事を読んで初めて知ったのだが、どうやら古事記へ登場する神々の活躍の場が、現在の宮崎県であったとのことらしい。それ故、空港や駅前になんとも不可思議な、神話をモチーフにしたモニュメントが飾られている。古事記の国内観光スポットと言えば奈良や島根だろうと思っていた私にとってこれはささやかな驚きであった。

根強い古事記ファン、あるいは宮崎県民にとっては周知の事実なのだろうか。

今の日本に欠けているもの?

カムヤマトは古事記の根底にある種の「アニミズム信仰」があると解釈し、それが今の日本に欠けているものとして捉えている。それ以外でも、人生におけるたくさんの大切なエッセンスが詰まった古事記の魅力。それを、現代日本に生きる若者たちへ面白く伝え、ひろく気づきのきっかけを生み出せるようなイベントを行おう!という思考回路で、今回のカムヤマトの企画が誕生している。そして、最終的なアウトプットのカタチは「アートフェス」。

宮崎×古事記×アートフェス


▲出演者。三上 敏視(音楽家 / 神楽・伝承音楽研究家)

この小題だけでも、何かが一線を越えてしまっている、ヤバい、という感覚は共有して頂けるかもしれない。

もちろん、よい意味で。


▲出演者。左から、hou(ネイティブシンガー)長屋和哉(環境音楽家)、カエルのパイプ(現代神楽バンド)

アートフェス・カムヤマトでは音楽やダンスのステージ公演と、ワークショップで作られた作品群が展示されるとのこと。カムヤマトの公式Facebookページを覗いてみると、音楽系の出演アーティストの情報を見ることが出来る。アーティストのジャンル思ったよりも幅広く、環境音楽家、即興演奏家からインドで修業を積んだダンサー、現代神楽を掲げるバンド「カエルのパイプ」、更には伝承音楽研究家まで、ありとあらゆる実演家を集めている。この多様性こそが古事記の「アニミズム思想」と上手くつながってゆくのかもしれない。

日本人のDNAが目覚めるように…

カムヤマト曰くその名前を分解すると「カム=come on!」「ヤマト=日本」の2単語になる。もともとは「カムヤマトイワレヒコノミコト」(日本の初代天皇・神武天皇)を語源にも据えているようだが、直接的には「カムヤマト」へは「わたしたちの中の日本人のDNAが目覚めるように」という意味が込められている。
なかなか濃い想いではあるが、彼らの信念の強さは多分に感じられる。今年に団体自体が結成され、即、初めての大規模なアートフェスを開催するという実行力には驚きを隠せない。また、短期間でクオリティコントロールを徹底して行う彼らの姿勢からも、この企画にかけている意志の高さ、また宮崎の活性化に対する気持ちの大きさもうかがい知れる。

宮崎の地域活性⇒文化レベル向上⇒観光客誘致?


▲国道220号(堀切峠付近、旧道)。Wikipedea 宮崎の記事より引用

あくまで私見ではあるが、カムヤマトの企画はゆくゆく宮崎の地域活性のみならず、宮崎の文化レベル向上、ひいては観光客誘致へも繋がるのではないかと考えている。
知人に聞いたところ、宮崎県にはなかなかアートや表現と関われる機会がないとのこと。もちろん、宮崎県にも美術館などの公共美術施設は十分に設置されているとは思うが、市民発、市民参加型のアート活動がなかなか見受けられない、という意味で『アートや表現と関わる機会がない』という発言であったのだと思う。

カムヤマトは任意団体であり、NPOや企業のような組織ではない。全くの1市民がこのようなイベントを地元や地域のためを思って行おうとしている。
市民によるアートフェスの成功と言う前例が生まれると、次世代へ与える影響は計り知れないと考えられる。(いつの時代も、前例が生まれさえすれば後発組は一瞬でごまんと生まれる)


▲イベント会場地ともなる、日向市の駅。Wikipedea 宮崎の記事より引用

アートという、来るものを選別しない媒体での宮崎県内の地域活性化が企てられ、成功する。それにより、宮崎県内で市民発の地域活性アートプロジェクトが同時多発的に発生し、新たな県のカラーとなる。また、県民同士が繋がる新たなプラットフォームとして、アートが機能する。

こんなうまい話はそうそう起こらないと思われるかもしれないが、実際にアートフェスティバルによって観光客が増え、県内のアート活動が活発化し、更にアート関連企画が増え、観光客がより増える、というサイクルは実際に日本の各地方で見受けられている現象だ。
有名どころでは大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ2009が24万人、瀬戸内国際芸術祭2010が65万人、県外からの観光客を誘致しているという事実がある。これは、アート鑑賞だけでなく、見知らぬ「地方」「田舎」の魅力を再発見する企画としてのプロモーションも上手く成功したため、長期間の開催ではあるがここまでの成功を見せられたのだろうと私見ながら思う。

きっかけとしての古事記

地域活性化にアートが用いられるように、古事記もあくまでも1つの物語、きっかけであると私は考える。物語から生まれる解釈や着想は人の数だけあることは自明だろう。だがその自由さのもとで、その「物語」を共通の飛び台にするかしないかで、私たちが目にする地平は確実に変わってくる。
「トランポリンは1人よりみんなで使った方がより低く沈めまた高く飛べる」という劇作家の言葉もある。
カムヤマトが提示する古事記というトランポリンをみんなで飛ぶことで何が見えるのか。
その眼前にうつる風景が、あかるい宮崎の地平であると、私は確信してやまない。

主催者 カワノチカの言葉

「私たちがやろうとしていることは単なるイベントではなく、地方発信で新しい時代を切り開く第一歩になると思っています。出来るだけ多くの人に古事記のメッセージを知ってもらい、日本の向かうべき未来への船出を多くの志と共有したいと思っています。」

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