オール宮崎 代表 平林聡一朗

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今回のFAAVOインタビューでは、宮崎活性化を企画する『オール宮崎』代表の平林さんをお呼び致しました。ご自身のこと、普段されていらっしゃるご活動のこと、幅広くお伺いできればと思います。

はじめまして。法政大学法学部政治学科3年の平林聡一朗です。
今私が行っている活動は2つあります。ひとつは、宮崎活性化のための活動。
この活動のためにオール宮崎と言う団体を立ち上げ、私は現在その代表を務めています。この活動を通じ、関東で暮らしている宮崎出身の方々と幅広い活動が出来ればと考えています。
ふたつめは、世界市プロジェクトという団体での活動です。ここでは、団体主催の国際フェスイベントへご参加いただける出店者様、あるいは企業様への営業活動を主に行っています。
あとは、普通に政治学を学んでいる3年生ですね。笑

いえ、政治家になりたいというよりも、法政大学の国際政治学科に国連の元事務局長の方がゼミをお持ちになっているというのを知り、入学しました。もともと、将来国連に入りたいという夢があったので。

去年はゼミ長を務めながら研究活動を行っておりました。また、それと同時に被災地支援の活動も始めまして、それがひとつのきっかけとなり、今は地元活性に目を向けた活動を行っています。

世界市プロジェクトでは、埼玉スーパーアリーナ前の広場を使いトークイベントや雑貨屋さんの出店などを取りまとめたフェスのような活動を行っています。世界に興味のない人や、興味はあるけれどもなかなか行動に移せない人々へ、もっと世界を知るきっかけを与えたいと活動している団体ですね。


2012年7月19日 飯田橋 オール宮崎ミーティング後にメンバーと外食した際の1枚

ほとんどは、私が開催していた月1の県人会に参加してくれていたメンバーです。その時は正直、自分1人で何かやろう!と思っていたのですが、今のオール宮崎副代表の窪田君が『何かやらないかんやろー!』って言ってきて、僕も圧倒されて『そやな』って言っちゃって。笑
そのやり取りがきっかけとなり、オール宮崎としての活動が始まりました。

第3回までは1人で開催していました。告知も、私のfacebook上の友人たちへ拡散する程度で、集まりも僕の友人が8人程度集まるぐらいでした。ですが続けているうちに、友人が僕のfacebookの投稿を更に拡散することで彼らの友人たちも集まってきて。気がついたら20人程度に増えていました。想像以上に拡散の輪が広がっていった印象です。

今は7人がコアメンバーとして集まっています。ですが、みんなそれぞれ忙しくしているので、中々全員が会議に集合しきれていない現状です。基本的には、毎週5~6人程度で活動を行っています。

いえ、まだ団体の象徴となるような活動が確立されていない状態なので、代表・副代表がまず初めに何かを決める、ということはないですね。

オール宮崎は何かをやりたいと思った人がまず集まれる場であればよいと考えているためです。例えば、宮崎ツアーを開催したいと思ったので、企画書を持参する、窪田君はイベントを行いたいからそのプレゼンを行うなど、まずはやりたいと考えている企画を提出してもらい、みんなでブラッシュアップします。今は、オール宮崎として企画を出すうえでの意識や感覚の共有を行っています。

私は、ミーティングを進めていく中でのまとめ役とか調整役をやっています。当初は窪田君と一緒に代表を担当する予定だったのですが、具体的な作業分担が進んでいった結果、先に活動を始めていた僕が代表を務めることになりました。

最初に会った時はひたすら圧倒されました。あれがやりたい!これがやりたい!と毎日のように連絡が来て。笑 でもゆっくり話す機会があったとき、すごく宮崎への想いが強い人なのだなと思わされました。それでトントン拍子で一緒にやろう、と。

立ち上げは今年の5月の後半です。窪田君と会ったのは4月くらいですね。

4月に窪田君と出会ってから、頻繁に窪田君と夜通し話をするようになりました。様々な意見交換をするうちに、窪田君が僕のことをいかに信用しているかを思い知り。それがきっかけの1つだと思います。
また、僕は夜、誰かと一緒に過ごすことをとても大切に考えています。
夜の時間って存外長く、もてあましがちだったので 折角だからお互いの事をさらけ出す時間にしようと。4月には本当に頻繁に夜通し話し込んでいましたね。

卒業まではもちろん全力を注いで活動していきますが、将来的には引き継ぎの可能性を探っている段階です。窪田君は大学院に進むため東京に残るので、その間に東京でオール宮崎の引き継ぎを行えればと考えています。今後も学生団体として、オール宮崎の活動が続いていって欲しいという気持ちが強いですね。

はい。宮崎出身の学生は僕たち以外にもたくさんいますし、毎年関東にも新入生として上京してくるので。
最終的には、全国各地に散らばる宮崎出身の学生が宮崎県で活動を行い、活動が終わった後は各々の居住地へ戻り、そこで僕たちの活動を発信することでオール宮崎の活動が全国各地へ広まってゆくことが理想です。
また、10年後とかにオール宮崎のOBが集まって、「私は1期生です」「あ、僕は4期生なんですよ」とかいう会話が繰り広げられる。そういう繋がりが出来ると面白いと思います。

本当にたくさんの宮崎出身の方に応援してもらえることです。中には、新しい団体なので活動が伝わりづらい事も多々ありましたが、その方たちへも、僕たちの活動内容を話すことで納得してもらえ、共感して頂けた瞬間が一番嬉しかったですね。
また、一度お話した人がお知り合いをご紹介して下さる機会がすごく多くて、どんどん人づてに新しい方々と繋がってゆけることもまた、とても嬉しいことの1つです。


平林さんの幼少のころを写した1枚

僕が育ったのは五ヶ瀬でというところなのですが、僕の一番幼いころの記憶は、その五ヶ瀬で雪だるまを作ったことでしょうか。

僕も今思えば不思議でならないのですが、そういう記憶は残っているんですよね。
あとは、泣き相撲に参加した記憶でしょうか。

赤ちゃんの泣き声を土俵上で競う相撲です。先に泣いた方が勝ち、というルールなのですが、赤ちゃんを両方の親が見せ合いっこして、振ったりしたり…。なんだか不思議な記憶ばかりですね。笑


芝公園にて 東京で出会った第五世界市プロジェクトメンバーと

宮崎には何があるの?と聞かれた時には、必ず『あたたかく、素敵な人たちがたくさんいるよ』『時間がとてもゆっくり流れているよ』と言いますね。
食事が美味しいことはみなさん既にご存知ですので。笑
で、そこまで言ったところで、一度遊びにおいでよ、と声をかけるようにもしています。

はい、3月の後半に1度。
あの時は、僕が宮崎へ帰りたくなった時にfacebook、Twitterを使って『誰か一緒に行きませんか?』と呼びかけたところ、4人がすぐに集まって。


突発・宮崎旅行へ集まった面々と平林さん

それぞれとは面識は会ったのですが、お会いするのが2回目の方々も遊びにきてくれました。僕とのつながりは全員ありますが、集まった4人同士の面識は全くない状態でしたね。

1泊2日の強行スケジュールだったため、みんな次来る時はもう少しゆっくりしたいなと言っていました。日南から平和台、宮崎神宮、高千穂などたくさんのスポットを回り過ぎてしまったので。次回のツアーを企画する上でも、この経験は非常に役立ちました。

宮崎で友人と会うたびに、『東京に住めて羨ましい』と言われるのですが、僕は、宮崎には宮崎の可能性があるのだということを伝えたいといつも思っています。
例えば、東京でイベントを開催しようとすると、多額のお金が必要となり、会場を探して予約するにも時間や更にお金がかかることがあります。ですが、宮崎だと、人とのつながりでイベントが簡単に開催出来ることが多いのです。
もしかすると、意外と自由に楽しく挑戦できるのは、宮崎かもしれないと思います。

僕が最も影響を受けた人は岩手県陸前高田市にて東北支援活動を行っていらっしゃる三井俊介さんです。
三井さんは僕の大学の先輩で、1年生の時に出会いました。
その時の僕は本当に尖っていて、国連に入る!日本では就職しない!、などと毎日のように言っていました。
三井さんは、そんな僕の上面だけの考え方に対して、ずっと『本当は何がしたいの?』と追及して続けて下さいました。


平林さんが上京されてから最も影響を受けたという、三井俊介さん

していますが、今もその理念は変わっていませんか?
オール宮崎の活動を行っていく過程で、団体の理念をもう一度追求しなおした時に、僕たちは農業を地元活性化活動の1コンテンツとして捉えていたことに気づきました。
僕たちが本当にやりたいことは『地元活性化活動』そのものだったのだなと。
なので、今は『農業』を1つのきっかけとして考えています。『○○から宮崎を元気にしたい!』の○○に入る言葉は、企画やメンバー1人ひとりの気持ちによって柔軟に変わってゆくのだと思います。

はい。そして、そのような活動を通じて僕たちがやりたいと考えていることは、宮崎に人を呼び込むこと、宮崎の人に宮崎の良さをもっと伝えること、この2点です。

オール宮崎のメンバー全員が、宮崎のために何かをやりたいと想い集まっています。これは本当に素敵なことだと思っています。確かに、地元宮崎へ愛着を感じている人たちは僕の周りにもたくさんいますが、わざわざ自身の大学生活の時間を割いてまで、僕たちと一緒に何かをやろうという人はそうそういません。
それにも関わらず、僕たちの周りにはそういう人たちが自然と集まり、活動を行っている。その、メンバー1人ひとりの『意志』そのものが、オール宮崎の『誇り』だと僕は思っています。

オール宮崎の『オール』へは、英語で全体を意味する『all』と、船舵の『oar』2つの単語がかけられています。そこへは、僕たちが宮崎という船の舵となって進んでいきます!という意志が込められています。
まだ動き出したばかりで、荒波に揉まれながら海路を進行しているというような心境ですが、まずは僕たちで1年間きちんと活動をやりきりたいと考えています。そして、オール宮崎自体のある程度のフローが確立されるところまで持っていこうと考えています。
その後は、宮崎のために何かをしたい人たちのためにオール宮崎という場が存在し続けられるように活動を行えればと考えています。場としてのオール宮崎を、強くしていきたいと思いますね。

質問は以上です。ありがとうございました!

平林さんは、一見紳士的な好青年かと思いきや、とてもアツい信念を持たれている芯の強いお方でした!オール宮崎の今後の展開と、平林さんの活動へ乞うご期待!

【平林聡一朗】
Facebook: soichiro hirabayashi
Twitter:@soichiro618

【オール宮崎】
Facebook:https://www.facebook.com/allmiyazaki
faavoプロジェクトページ:https://faavo.jp/miyazaki/project/3

取材・文:齋藤 写真:岡田

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